俺の名前はアグン。
ジャカルタでタクシーの運転手をやってる。
まぁ縄張りとしては空港周辺だ。

タクシーの運転手稼業ってのは釣り師に似てる。客が釣れそうなところを流して客をを狙うやつ。タクシースタンドに並んで、地道に短い距離で確実に稼ぐ奴。
俺は違う。空港ででかいのの一本釣りを狙うのが俺の流儀だ。

だが、ここんところのSARS騒ぎのとばっちりと、アチェの戦争で釣果はさっぱり。
家にはカミサンとガキが4人すきっ腹を抱えて待っている。今日こそ大物を狙ってやる。
とはいいながら、あんまり長距離は期待の出来ない、朝早くの近場からの便も狙わなきゃいけないのが、悲しいところだ。
ほんとなら、日本やヨーロッパからの便で来る、金持ちの馬鹿な観光客を狙いたい所なんだが。

朝早い便からゾロゾロとでてきた到着客は、概ね迎えの運転手や、決まった経路があるんだろう、わき目もふらずゲートから出てゆく。やはり、近距離便は難しい。
最後の方で、なんだかどでかい荷物を抱えた奴が、キョロキョロとしながら出てきた。なんだ、荷物はサーフボードらしい。日本人のようだが、こいつらは金にはならないってのが相場だ。

一応声をかけてみるが、
「ムカエガクルアルネ」
と取りつく縞がない。

しばらく他の客に声をかけてみるがやはり駄目だ。
ところがさっきの日本人を見ると、まだキョロキョロしている。迎えとやらはは来てないようだ。
「ドコイクノー？クルマクル？」
とりあえずまた声をかけてみる。
「ウエゥトジャワイクアル。デモ、タブン、ジュウタイデオクレテルアル、ワタシマツアルネ」
よく見ると、ボードケースも新品のようだし、旅慣れてないのかもしれない。
口は半開きで、ぼーっとした様子を装っているが、サングラスの奥の目がキョロキョロしているのを、俺のスルドイ観察眼が逃すわけはない。
ウエストジャワか、片道4時間以上の長距離だ。釣れればこの獲物はでかい。こいつは俺のモノだ。他の奴に渡すわけにはいかない。

次の便までの間、俺はこいつ隣に座って何くれと話しかける。
タクシー運転手 の仲間が集まってくるが、これは俺の獲物だ。ホモと間違われない程度にぴったりとマークする。
ほーら、30分もすると、こいつのケツがソワソワしはじめるのが手に取るようにわかる。たった30分で、迎えが来るかどうか心配しはじめるところが日本人のせっかちなところだ。

「ダレ、ムカエクルノ？」
「 ホテルガ、ムカエクルアル」
「ホテルノデンワバンゴウオシエル。ワタシケイタイデデンワシテアゲル」
ほらほら、ゴソゴソ電話番号のメモを出してきた。こっちのペースだ。あとは当たるも八卦当たらぬも八卦。ガルーダが俺の味方をするかどうかにかかってるわけだ。

数回の呼び出し音のあと、電話が繋がった。
「もしもし、私はジャカルタ空港のタクシー運転手だが、あなたのところのお客が迎えがこないと困っている。ちょっと話してやってくれ」
携帯を日本人に渡すと、ゴソゴソ何か話したあとに、電話を俺に返し、話せと言う。

「どうやら日本の旅行社との連絡がうまくいかなかったらしい。そこにいるお客の迎えは手配してない。お前が連れてきてくれ」
やった。大物だ。
これだから、タクシーの運転手はやめられない。

「オーケー、アナタ、ワタシツレテイクアル。デモ、ネダン５０万ルピーネ、ホテルノヒトイッテタアル」
クソ、この日本人、しっかり運賃は確認してやがる。まぁしょうがないだろう、それでも大物は大物だ。

でかい荷物なんで仲間のワンボックスを手配した。
分け前は減るが、これで1週間の収入はなんとか確保した。

空港を出たとたんに日本人は後ろで寝はじめた。高速代も払わせようと思っていたのに残念だが、まぁ大目に見てやろう。
途中の飯屋でも、腹でもこわすと思ったんだろう、コーラだけ飲んでナニも手を付けない。
途中の道はよく分からなかったが、相棒とその辺の地元の連中に聞きながらなんとか着いた。

最後に、ダメ元でチップ寄越せとせびると、１万ルピーをくれた。日本人はトモダチだ。相棒と一杯ひっかけてからジャカルタに帰るとしよう。